植田美津恵の「楽に死ぬための10の方法」

医学博士・医学ジャーナリスト 植田美津恵の書き下ろしエッセイ。月に1~2回連載します。

日本にもありました!「願いのくるま」

以前、このブログで、ドイツの「ラスト・ドライブ」をご紹介しました。日本にもこんな取り組みがあったら、と思っていましたが、なんとありました!日本版「ラスト・ドライブ」が。

 

何気なく、朝、NHKのニュース番組を見ておりましたら、末期のがん患者を希望の場所に連れていく、という内容の放送が流れました。もしやこれは、あの、ドイツで行われている「ラスト・ドライブ」と同じではあるまいか、と目が釘付けになり、驚くやら嬉しいやら…。

で、早速、「願いのくるま」という名称で活動をしている会社に連絡をし、訪ねてみました。

 

「一般社団法人 願いのくるま」の母体は、「タウ」という自動車関連の会社で、埼玉県大宮駅に隣接したビルに本社を構えています。「タウ」の事業をホームページで見ると、車の買取・販売・輸出・オークション、とあります。「願いのくるま」の活動は、その名の通り車は必要だけれど、タウの事業には医療や福祉の気配は微塵も感じられません。

いったいどういうこと…?

 

タウは、主に事故車を取り扱っています。もともと、会社の業績が安定したら、社会に貢献できる事をしたいと考えていたという社長の宮本明岳さんによれば、車を扱うことに慣れている自分たちができること、それが「願いのくるま」だったと言います。それまで、交通事故で半身不随になった方などとの接触もあり、目の前で苦しんでいる人や終末期を迎えつつある人のために何かできないかと考えたそうです。「車」と「終末期の人」と「社会貢献」のドッキングが、この「願いのくるま」を生んだのです。

 

社内でスタッフを公募したところ思いのほか多くの人が手を挙げてくれ、嬉しかったとも。そのひとり、佐藤由季さんはまだ若く、瑞々しい女性です。

しかし、これまで医療や福祉とは何の接点もありません。病院や高齢者が暮らす施設に片っ端から電話をしても、ケンもホロロの扱い。医療や福祉の世界は教育分野と同様に、閉鎖的で外部の人を寄せ付けない雰囲気を持っているのです。

 

その中で、「願いのくるま」に賛同してくれるホームホスピスをようやく探しあてることができました。私が偶然見たNHKの番組は、このホスピスで最期を迎えようとしている女性を取り上げたものだったのです。

 

2017年度から準備をはじめ、現在は、酸素ボンベなどを備える民間の救急車を用い、ナースを同行させ、患者が希望する場所に連れていく、という活動がようやく軌道に乗ったところなのでした。「願いのくるま」で、母校のバスケットボールの観戦をした人、シーパラダイスへ行ってイルカと泳いだ人、コンサートへ行った人、それぞれ最期の願いを果たして、心穏やかにあの世へ旅立っていかれました。

 

タウの社員の平均年齢は33歳ととても若い。しかも本社は女性が4割を占めています。国籍も色々で、ほとんどの会社が言葉だけの、「ダイバーシティ」を、タウではきちんと実践しているのです。

これは私の印象ですが、懐の深い会社は、人種や性別にこだわらず社員が働きやすい環境を作っています。しかし、いわゆる「ブラック」と呼ばれる会社は労働条件のみならず、一部の人だけが得をし、性別も偏っている傾向にあります。社会貢献など考えていない会社が多いのではないでしょうか?

 

今のところ、「願いのくるま」は1都6県にとどまっていますが、今後は東海エリアにも拡大していくとのこと。メディアで取り上げられる機会も増え、今後益々注目を浴びることになるでしょう。

 

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左から佐藤 由季さん、願いにくるまの理事でもある宮本 明岳さん、広報の岩永 若子さん

 

次回は、引き続き「願いのくるま」やタイアップしているホームホスピスを取り上げてみたいと思います。