植田美津恵の「楽に死ぬための10の方法」

医学博士・医学ジャーナリスト 植田美津恵の書き下ろしエッセイ。月に1~2回連載します。

突然訪れた「死の瞬間」の平穏なひととき

現在、日本人の死亡原因のトップは「がん」。

2位が「心臓病」、3位が「肺炎」、4位が「脳卒中」です。ここまではよく知られている病名ですが、では、5位は?6位は…?

平成二十七年の厚生労働省の発表では、5位が「老衰」、6位が「「不慮の事故」です。

このブログは、病気で亡くなるケースを前提にしていますが、当たり前のことながら思いがけぬ事故で命を落とす人も少なからず存在します。その数およそ3万8千人、死亡総数の3.0%を占めています。

では、「不慮の事故」の内訳は何でしょうか。

多い順に、「窒息」「転倒・転落」「溺死および溺水」「交通事故」となっています。ちなみに不慮の事故に「自殺」「殺人による死亡」は含まれていません。

 

マシューオライリーというアメリカの救急救命士がいます。

救急救命士とは、事故や病気などで死の危険が迫ったり、あるいはそれに準じた状態の時に救急車にてしかるべき医療機関に搬送する役目を持つ人々のこと。救急救命士になるには、国家試験に合格する必要がありますが、今や男性ばかりではなく女性にも人気の高い医療職のひとつです。

マシューは、救急救命士として、多くの人々の死にゆく場面に遭遇しました。救急車の中で行われる救急処置の功なく亡くなっていくのを見るのは想像を絶する辛さがありますが、彼はその経験の中から、まさに命の灯が消えようとするその瞬間の人々について、とても興味深い話をしています。

 

「私は死ぬの?」

死を察した時に、しばしばこのような質問がマシューに投げかけられます。その時に、本当のことをいうべきかそれともウソを口にすべきか、長い間マシューは迷っていました。もし、本当のことをいえば、人は絶望し、さらに苦悶に喘ぐのではないか。そのことを恐れ、真実をありのままに伝えることはできなかったといいます。

ところがある日、バイク事故を起こした青年から、このセリフが放たれました。

「僕は死ぬの?」

マシューは、はじめて正直に答えます。

「あなたはすぐに死にます。そして私にできることは何もありません」と。

その瞬間、彼はその目の中に安らぎをたたえ、死を受け入れた様子をはっきりと見せたそうです。

 

その後、マシューは同様の事態に遭遇したときに、ウソを言うのをやめ、常に真実を伝えるようにしました。

すると、ほとんどの人は同じ反応を示したそうです。

 

「安らぎ」と「受け入れ」です。

 

マシューが出合ったのは、その多くが緊急事態における突然の死、です。

当人にしてみれば、ほんのさっきまで死を意識せずに当たり前のようにしてこの世に存在していたはずです。それが事故や災害によっていきなり死に直面した、いや、否応なく直面させられた。死の準備など考えもしなかったでしょう。

ところが、はっきりと「あなたは死にます」と言われ、それを瞬時に受け入れる…。

にわかには信じがたいことです。

しかし、マシューははっきりとこう述べています。

 

「一般的に、死の瞬間は安らぎと受け入れることで満ちている」と。

 

「死を受け入れる」こと。

 

それこそが、まさに「楽に死ぬ」ことの必須条件だと、マシューは教えてくれているのではないでしょうか。