植田美津恵の「楽に死ぬための10の方法」

医学博士・医学ジャーナリスト 植田美津恵の書き下ろしエッセイ。月に1~2回連載します。

「死」への恐怖に打ち克つために…。

「死」が怖いのは何故でしょう。

 

未経験のことだから。

死んだらどうなるのかわからないから。

自分がこの世からいなくなってしまうから。

死ぬときに痛みがあったり苦しんだりするから。

 

…などという答えを多くの人が口にすると思います。

 

「死」が怖いと思うことや何故怖いのかを考えてみたりする、例えばその「考える」ことを止めてしまったらどうでしょうか。

考えたり想像したりするから怖いのであって、それらをシャットアウトしてしまったら、もう「死」は怖くなくなるのではないでしょうか。

 

考える能力が衰えるというのは認知能力の低下です。

記憶、見識などの力が徐々に落ちていき、しまいには自我そのものが喪失する。

今や、400万とも500万人ともいわれる認知症の症状がまさにこれに当たります。

 

少々古いデータですが、平成22年のアンケート調査結果によると、「あなたにとって一番怖い病気は何ですか?」の問いに対し、一位はがん、二位は脳卒中、そして三位は認知症でした。メディアでも認知症が取り上げられることが増え、あんな風に自分のこともわからなくなってしまうのは恐ろしいことだ、と考える人が増えたのかもしれません。

 

認知能力が低下していくのは病気といえば病気ですが、老化現象でもあります。加齢に伴い、認知症患者は確実に増えていきます。70代前半の認知症患者は4%を占めますが、80代の後半では40%にも増え、95歳になれば80%の人が認知症です。歳を取れば、誰もが認知機能が衰えるのは当たり前のことなのです。

 

考えることができなければ「死」への恐怖はなくなります。

自我がなくなればやはり「死」への恐怖はなくなるのです。

 

認知症の悲惨なところばかりが目についてしまうかもしれませんが、そんなことはありません。

私の父は、晩年、内服薬の過剰投与で一時的に認知能力がかなり低下してしまいました。

そんなある日、部屋の片隅に置いてある消火器を抱きかかえて何やらつぶやいている姿がありました。よく聞いてみると、私の名前を呼びながら何かを語りかけているのです。どうやら、小さくて赤い消火器が幼い娘(私)に見えていたらしいことがのちにわかりました。そんな父の姿は家族の笑いを誘い、しばらくは家の中が温かい雰囲気に包まれたものです。

 

しっかりした統計があるわけではありませんが、精神科に勤務する看護師さんたちがよく口にするのは、精神病患者はがんが治る、ということです。

もちろんすべてではないにしろ、患者さんたちは心の病の苦しさでいっぱいいっぱいの状態。がんの宣告をされても、それどころではないのか、がんについて悩むことをしないようなのです。つまり、がんであることを忘れてしまうのですね。忘れてしまうということは、考えることもないのです

 

「死」を恐れないためには、「死」について考えないようにすること。

 

無茶なようですが、あながち外れているとも思えません。