植田美津恵の「楽に死ぬための10の方法」

医学博士・医学ジャーナリスト 植田美津恵の書き下ろしエッセイ。月に1~2回連載します。

本物の緩和ケア!しかも在宅で!!

今月(2018年十二月)の二十六日、国立がん研究センターは、がん患者の4割近くが、亡くなる前のひと月間、「痛みがあった」と答えたアンケート結果を発表しました。調査の対象は遺族たちで、看取った家族の様子についての回答をまとめたものです。

 

あらら…。がんの痛みに耐えながら亡くなる事態はかなり減ったと思っていましたが、そうではなかったようです。今なお、痛みを感じながら死んでいく人がこれほど多いとは。またそれを端で見ている家族の立場に立てば、やはりがんは怖い、死ぬのは恐ろしいと思ってしまうのは当然でしょう。

 

この記事を読んで、真っ先に私の脳裏に浮かんだのは、在宅型ホスピス「はなみずきの家」でした。

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「はなみずきの家」の外観

「願いの車」を運営している株式会社タウの提携先である「はなみずきの家」。私はその代表である大井真澄氏を訪ね、在宅型ホスピスの実際を見てきたばかりでした。

 

大井さんは、十一年前に父親を末期がんで亡くしました。病院から見放されたために在宅で最期を看取ったのですが、その際「苦しい苦しい」ともがく父親の姿に大変なショックを受けたそうです。その強烈な体験が、末期のがんの方々を「自宅にいるような自由な時間の中」で、「病院で過ごしているような医療・介護への安心感」のもとで過ごさせてあげたいと考え「なはみずきの家」をオープンしました。大井さんのご主人が医師でクリニックを開業したのを機に、末期がん患者に特化した訪問診療と賃貸住宅を始めたのです。

 

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「はなみずきの家」代表の大井真澄氏

最初は、とても苦労なさったとのこと。色々な病院を回り、患者を紹介してもらうよう根気よく声をかけ続けたそうです。徐々にその熱意が伝わり、今では川越と浦和にある「はなみずきの家」は、常に満員状態。賛同してくれる病院や医師も少しづつ増えていきました。

 

病院で、もう手の施しようがないと言われた患者たちが集まってくる「はなみずきの家」、ついつい暗いイメージを抱きがちですが、それが大きな思い違いであることは訪問してみればすぐにわかります。部屋はすべて個室で、まるでビジネスホテルのよう。中庭にははなみずきの木が植わり、降り注ぐ光の中で患者たちは思い思い過ごしています。住宅街の一角にあるためか、施設というよりおしゃれな邸宅風のたたずまいです。

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中庭のはなみずきの木

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患者の部屋

病院ではまったく食事が摂れず死を待つばかりだった患者たちが、この「はなみずきの家」では、自宅にいるかのように食事を口から食べ、他の患者やスタッフとコミュニケーションを取っている、それは彼らが末期がんであることを忘れてしまうくらいの変貌ぶりです。

 

残念ながら、末期がんであることに変わりはないために、余命が伸びたとしても、やはりいつかは亡くなっていきます。でも、大好きなウナギを食べ、アルコールやタバコも夜更かしも自由。のびのびとした生活を送った後は、強い痛みを訴えることも誤嚥を起こすこともなく、穏やかに眠るように亡くなっていくのだといいます。 

 

「はなみずきの家」で過ごす方々の中で、数人が「願いのくるま」を利用し、いずれも大変満足なさっています。そしてその数日後、楽しい最期の思い出を抱きつつ、あの世へ旅立っています。

 

これこそが本物の緩和ケアのあるべき姿です。

死が近いことを知りながら、残りの日々を悔いなく楽しく生きてこそ、はじめて死は怖くなくなるのです。 

 

 

冒頭の調査結果を踏まえ、国立がん研究センターは、心身の苦痛を軽減する緩和ケアについて、医師に知識不測があったり、病院の体制にばらつきがあったりすることが背景にあるとみているとのこと。

でも、お気づきでしょうか。「願いのくるま」も「はなみずきの家」も、医療関係者ではない人々の発想です。

 

知識や病院の体制に問題があるのではなく、患者への思いに大きな違いがあるのではないでしょうか。

病院は病気を治すところ。確かにそうです。でもその先に死があること、患者の人生を尊重することを、そろそろ真剣に認める時が来たのだと思います。